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岡田鴨里について

2019年9月5日

岡田鴨里(1806-1880)は淡路島の王子村の庄屋砂川家に生まれ、南淡路の岡田家に養子に入り、頼山陽(1780-1832)の高弟として『日本外史補』を記し、その功績から阿波藩より中小姓格を授かりました。蜂須賀家の歴史を記した『蜂須賀家記』など多くの著書を残した幕末期の名儒者です。

 鴨里の娘婿は天誅組に資金を提供したため処刑された古東領左右衛門(1819-1864)、孫の眞(1846-1876)は自由民権運動に身を挺した阿波自助社の発起人の一人であり、眞夭折の後養子に入った文平(1860-1900)も帝国文科大学(現東京大学)の古典講習科を卒業した後、奥井寒泉(1826-1886)門下の双璧と謳われた儒者です。四代目の秀夫(1884-1923)もやはり東京大学の中国文学科を卒業した後、東北大学、広島大学で漢学の教鞭をとりました。岡田家四代の史料は現在神奈川県立歴史博物館に収められています。


 ちなみに、眞の外孫である石濱知行(1895-1950)は九州大学労農派のマルクス経済教授として教鞭をとり、その弟の石濱金作(1899-1968)は川端康成と一高からの同期で、ともに新感覚派を開いた小説家として知られています。

 このように鴨里とその子孫たちは淡路の歴史のみならず、日本の幕末・維新期・大正期を通じて、時代を象徴する時流が始まる時、その中心において活動していた人々でした。

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